師走に思うこと

平凡な日々

どうも、吉田平八郎です。
週末出かけていたのもあるけど、三日ほど日記をさっそくサボりました。

すっかり師走ですね。
師走の語源の一つに「僧(師)が読経などで忙しく走り回る」という説があるそうですが、一般人の私達も年内に一区切りつけるべく、私事や仕事でバタバタ走り回ってる構図は変わりません。

日本人の師走の慣習として、年賀状、大掃除、忘年会などあるでしょうか。
クリスマス?知らない子ですね・・・

普段は予定らしい予定のない私も、さすがに師走にもなればタスクが積み上がります。友人との忘年会は楽しいイベントですが、そうでない物は寒さも相まって陰うつな気分に陥らないよう、一つ一つをゲームのクエスト消化と思って、クリアすれば小さな喜びにひたるといった感じでしょうか。

家の大掃除は私も小さい頃から手伝わされてきたので、面倒でもやらなきゃならないと思ってる義務の一つですね。といっても私の分担は実家二階の窓拭き全部と私室の掃除ぐらいですが。
10月や11月のまだ暖かい時期に今年分として早めに片付けるのもハウスルールでOKになってるけど、けっきょく12月に突入してしまった( ゚д゚)

年賀状も最近は郵便局のプリントサービス使ってるので手間かからなくなってるはずなのに、やっぱり早めに申込みできなかったナァ。
誰かのコラムで、10月ぐらいから送る人のことを思い浮かべながら一枚一枚に文をしたためる話に感銘して、年賀状を送ることは継続できてるけど、どうしてもやっつけ感で作ってますね・・・

「作る」じゃなくて「片付ける」と一旦タイプしたぐらい義務感が強い。
だから思いが足りなくて、年賀状をポストに入れた後に若干の罪悪感もある。
そんな気持ちになるならスッパリ年賀状を止めてしまえばいいのだけど、それではか細い縁がさらに薄くなるので手放すことができない、といったところでしょうか。

まぁこんなことをグダグダ思ったり書いたりしてる間に、年賀状を作れ、というが正解な気がします、ハイ。

私の父親は大掃除も早めに着手しているし、年賀状も12月頭には準備できてる、そして何十年来と手帳に日記やメモをつけ続けているマメな人です。
まさに継続は力を体現していて、年齢だけは大人となった自分は追いつけないことに焦るばかり。

師は常に走り続けていて、走っていない私はこのままでは一生追いつけない。
だからはじめは息切ればかりだろうけど、走り始める必要がある。
ブロマガ日記をつける気になったのも、そんな思いもあったからと思います。

こんなことを考えるのも年をとったせいか。
そりゃそうですよね、あと二十日もすれば、もう次の年ですから。
ではでは。

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